2014年8月12日火曜日

【STAP騒動の解説 260804】 剽窃論 第二章 法律と内規(著作権法と剽窃の内規) (その4)




剽窃論 第二章 法律と内規
(著作権法と剽窃の内規)(その4)



5. 文科系学問の剽窃と文理融合


剽窃の問題では、歴史学のような人文科学や経済学のような社会科学と、自然科学の間に大きな認識の差があるように感じられる。一般的にいわゆる文科系の論文や書籍では、自然科学者から見ると、膨大な引用文献、さらには引用文献についての注釈などがついている。


自然科学でも「引用の目的」ははっきりしないが、他の科学の分野とともに考える場合は、さらに複雑になる。自然科学の論文で引用する目的は、1)著作権のある書物などの引用(法律的な引用・・・ほとんどない)、2)仲間内の仁義上の引用(無断で他人の論文のデータなど使うと悪いから、あるいは所属する機関の内規などで決まっているから)、3)読者がデータの出所に関してさらに調べたいという場合のサービス、4)自らが使ったデータや理論式の信ぴょう性を上げるため、5)引用文献数が少ないと格好が悪いから、などがある。


私自身は、所属する大学などの内規は見たことがないでの、自分の経験や仲間内の「飲み方」などでみんなが言っていることを参考にして、主として3)を意識している。私はやや考えがあって、4)を重視していないが、科学者の中には4)のために引用している人も多いように思う。


つまり、自分自身の先行論文や他人のデータなどを使うとき、その実験条件などを書くには紙面の制限から許されないので、読者の人には不親切ではあるけれど、引用文献を示すことによって「そちらを見てください」という意味で引用することが多い。これについては神経質な学会が多く、他人のデータの説明をすると「そんなものは引用に示せ」と査読委員が言ってくる場合がほとんどだ。


現在のようにネットが発達し、ほとんどの論文がネットで見ることができる場合はよいが、少し前まで、引用文献を示されても、現実にそれを参照するのが実に大変だった。大きな大学にいれば学術雑誌のいくらかは図書館にあったが膨大な製本した黒くて重い本を取り出し、その中から該当する論文に到達するのは労力のいることで、いつも気が重かった。小さな大学などでは「取り寄せ」が必要で、手元に来るまでかなりまたなければならない時もあった。


でも最近ではネットの発達で文献をすぐ見ることができるし、場合によっては引用文献を見るより、自分で検索したほうが適切な論文を見つけることも多い。論文に引用されている文献はその著者が「これが良い」と思って引用しているものだが、ネットの検索ではキーワードで拾われる文献はすべて表示されるからである。


私は数年前から論文を引用するのがばからしくなっていた。自分が引用するときに、ネットで検索して自分がかつて読んだ文献を探し、それを書く。それなら文献を引用するのではなく、著者やネットで検索するときのキーワードを示す方が良いからだ。


ところが、人文科学や社会科学では、引用する文献自体がその論文の論理構成を作るうえで必須な場合がある。つまり、「歴史的事実」(歴史学)、「社会的活動データ」(経済学)も不確かな場合があり、研究者自らが採取したデータではないことが多い。そうなると、一つの論文を完成するのに、実質的に他人の思考結果やデータを利用しないと論理が成立しない。そこで、「引用文献は命である」という自然科学とは全く違う考えが述べられる。


また、自然科学でも同じだが、学問は常に事実認識やその解釈が学者によって大きくことなり、それが大学の系列や恩師弟子といった人間的関係によって補強されるので、常に(恒常的に)グループ化、派閥、いがみ合いがある。特に学者は人間的に狭量な人も多いので、他人の考えの価値を認めず、憎しみ合うことが多い。


このような「学説の対立」があるので、その中で引用がさらに大切になることもある。つまり、もともと学問的にあってはいけないことをカバーするために、これもあまり望ましくない「引用過多」が起こるということも頻繁である。


人文科学や社会科学分野での「文献」は、その論文を理解するうえで必要なものであればよいので、たとえばキリスト教の聖書に文献が引用していないから、聖書は学問的にもつまらない書籍だということでもない。そこに記載されていることが十分に根拠があり、新規性を持ち、価値の高いものであれば、それだけで立派な学問的進歩であり、そこに引用があるかどうかは全く別である。


もし、ある一人の学者が、日本史の分野で新しく素晴らしい解釈に思い付き、それを「歴史的事実を引用しない」で、「鎌倉時代には・・・いうことがあり、江戸時代には・・・であり」と記述し、それに素晴らしい解釈をつけたとする。多くの歴史学者がその新しい着眼点に驚き、新しい歴史学が拓かれるということもあるだろう。それに相当するのが自然科学では1953年のDNA論文であり、ほぼ1ページで単に「DNAは二重らせん構造であり、鎖の上の塩基が水素結合を作っている」という文章だけで、「生命の神秘、進化の秘密、遺伝子操作、新しい生物の合成、病気の治療方法の発見・・・・」などのもとになった。


もし、この論文が「引用なし、根拠なし、再現性の方法が書いていない」など論文の本質とは無関係のことで雑誌への掲載が認められず、それから20年たって、同じ内容の論文が、世俗的な苦労をいとわず、性格的にきちんとした学者が書いて論文として認められたら、世俗的なことができる学者が発見者になるという間違った事態が起こる。


私は人文系、社会系、自然系にまたがるテーマ、世間でいう文理融合のテーマを研究することがあるが、自然系の学会に出しても、社会系の学会でも拒絶される。それは「その村の掟とは違うレベルの低い論文」ということになるからだ。ところが、現実にそのような論文を出すと「査読委員がいないから他の雑誌に出してくれ」と言われる。しかし、そんな雑誌はない。つまり、新しい分野には雑誌はないからだ。かつてのように学問が細分化されていなければ「学問誌」とか、「科学誌」というものがあったが、今では学問があまりに細分化され、特定の分野の中にジッと閉じこもり学問の発展的な進歩を阻害している人が大きな顔をする時代でもある。


人文系や社会系の学者は「引用しないなど研究者ではない」という人が多く、それも激しく非難するが、それが「論文の論理構成上必要」というなら「剽窃」や「盗用」ではない。つまり、引用してもしなくても、ある事実や解釈が書かれていて、それを読んだ人が理解できれば、それを引用するかどうかは論理構成で問題にならないからである。


人文系や社会系は、「俗人的情報」を必要としているという面もある。たとえば歴史家「トインビーが・・・言っている」や「ケインズが・・・している」という文章からトインビーやケインズを除くと、意味が変わってくる。つまり、トインビーの「文章」は文章で表現しているのが不十分でトインビーがそういったならこういう意味、ケインズの言葉なら違う意味ということになる面がある。


これは人文系、社会系で、文章力が不足している、もしくは言語の欠陥があるまま使用していることを意味している。また自然科学では、理論式やデータは大切であるが、文章はほとんど意味がない。アインシュタインやワトソンがどのような文章を書いたかが参照されることはなく、アインシュタインの式やワトソンのスケッチが自然科学の成果だからである。


機会があったら社会科学の人にあって、社会科学や人文科学でなぜ引用が必要かを聞きたいと思っている。

(平成26年8月4日)

武田邦彦

(出典:武田邦彦先生のブログ




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